今回からいよいよ双発機の話に突入します。
その前に前回までのお話しを簡単に復習します。
1
水平直進飛行、または水平旋回飛行で、単発機、もしくは双発機で全エンジン作動中にボールが
滑っていたらスリップをしている
飛んでいるいる方にラダーを踏めばスリップが解消される
2
ボールは重力(旋回時は重力と遠心力の合力)の方向を単純に示している。
スリップを直接表示しないが、間接的に表示する。
スリップを直接表示する計器は通常の航空機には無い。
さて、いよいよ双発機(ダイヤモンド社製 DA42)に乗り換えて解説を進めましょう。
磁方位で進路360度を水平直進飛行をしているのがこの話の前提です。
下のイラストは普通の状態です。
予備高度計やG-1000(ディスプレイ方式の集合計器)の計器表示がややおかしいのにはご容赦下さい。
速度がかなり低いのは、Vmcデモ(片方のエンジンが不作動時の安全速度で安全に飛行できる事を示す訓練科目)を行っている状態を再現しているためです。
さて、上記の状態から急に左エンジンが不作動になったものとします。
急激に左に機首が振られて左旋回に入りますが、ここはあえて(現実には絶対に行いませんが)ラダーは踏まずに右エルロンだけで旋回を止めるように操作します。
旋回を止めるように右バンクを深めて修正しますがかなり困難でしょう。
深めて深めて。。と操作して、あるところで左旋回が止まったとします。
つまり、再び直進飛行を維持できたものと考えます。進路は例えば350度位になっていると思います。
この時エルロンは最大近くにまで右に切る必要があります。
何とかして一定の進路を維持出来たとしますと、その姿勢は次のようになっていると思います。
大きい右エルロンと右バンク
中立のラダーと大きい左への変位(進路360度に対してヘディングが左に向く)
揚力減と抗力増による多めのスラストとピッチアップ
この状態は水平直進飛行を行うためには、飛行機の性能が最も悪い状態です。
加えて垂直尾翼が失速に近づくため、極めて危険な状態です。
実際に試してはいないので、少しおおげさな姿勢になっていると思います。 左プロペラはフェザーを再現できませんでしたのでご容赦を
したがってこれを実機で行うことはないと思います。
しかし、以前話を聞いたのですが旅客機などでは臨界発動機不作動の時に、このようにエルロンの操舵のみでなんとか進路の維持が出来るように設計されているようです。
この点に関してはDA42では不明ですが、今回は解説の上から、これが可能であったという前提で話を進めて参ります。
さて、想像しているだけでも汗が出てくる状態から早急に抜け出しましょう。
上記の状態からじわっと右ラダーを踏み込むと、右に旋回を始めますので、直進を保つために大きい右エルロンを徐々に緩めることが出来ます。
更にラダーを踏むと、直進飛行をするのに必要なバンクは少なくなり、ついには理想的な状態になります。
再現したのが下図の状態です。
右に約3°~5°傾き、
ヘディングは進路に一致します。
ボールは右バンクを反映して右に飛んでいます。
ただしこの状態ではスリップはしておりません。正確には横すべり角:βはゼロです。
ちなみにこの状態は実機(DA42)で後部座席から計器を確認し、その時の姿勢、速度から再現したものです。
ボールは作動しているエンジンの方に飛んでいます
これは飛行機の性能が最大限に発揮される釣り合い状態です。
再び強調いたしますが、ボールは右に飛んでいますが、スリップはしておりません。
ボールが右に飛んでいるのは右バンクのために重力が右方向にかかっているためです。
この点が最も誤解されやすい点で、プロパイロットの中でも理解があやふやな傾向があります。
つまり
多発機で直進飛行をしているときに、左もしくは右の発動機が不作動状態で
ボールが飛んでいる ≠ 滑っている
※ボールが生きているエンジン側に半分飛んでれば滑っていません
多発機で直進飛行をしているときに、全ての発動機が作動状態ならば
ボールが飛んでいる = 滑っている
このように言うことが出来ます。
理論的な解説は後ほど行うことにして、海外での解説を引き合いに出して裏付けてみます。FAAの、安全対策用の解説資料を引用します。
話の解説上、下記のリンク先のグラフの順番を少し変えて引用、解説しております。
FAAのSafty Programより
原文は以下の通りです
Sideslip is the angle with which the relative wind meets the longitudinal axis of the airplane. In all-engine flight with symmetrical
power, zero sideslip occurs with the ball of the slip-skid indicator centered. Pilots know this as coordinated flight. In OEI flight, zerosideslip occurs with the ball slightly out of center, towards the operative engine.
In OEI flight, there is no instrument that will directly tell the pilot that the airplane is being flown at zero sideslip. It must be placed in a predetermined attitude of bank and ball deflection. In the absence of a yaw string, the suggested zero sideslip configuration at Vyse for most light twins is approximately two to three degrees of bank
toward the operating engine, with the ball displaced about one-half of its diameter from center, also towards the operating engine.
OEI flight with the ball centered and the remaining engine providing any appreciable power is never correct due to the sideslip generated. AFM/POH performance figures for OEI flight were determined
at zero sideslip, although that fact may not be expressly stated.
訳しますと
スリップは相対風が飛行機の機軸に正対した状態でゼロになる。(全エンジン作動時、エンジン不作動時にもかかわらず:訳者追記)
全エンジンが作動し、左右が均一の出力である場合、スリップはボールがセンターにある時にゼロになる。パイロットはこれをコーディネート(理想的な)状態であると認識できる。
エンジンが1発不作動の場合、スリップがゼロであることをパイロットに直接示す計は無く、予め計算されたバンク角、及びボールのズレになった時にゼロであると考えるべきである。
ヨーストリング(グライダーのコクピットシールド外部に貼り付ける横滑り量を示す毛糸)を参照できない場合、多くの小型双発機においてVyse(臨界発動機不作動時の最良上昇率速度:訳者追記)でスリップをゼロにするために推奨される姿勢は、作動側のエンジン側に2~3度傾け、ボールが同じ側に半分飛んでいる状態である。
エンジンが1発不作動でボールをセンターにして飛行する事は、サイドスリップを生じさせるため正しい飛行方法ではありません。
AFM(FAA承認のメーカー発行の飛行マニュアル)もしくはPOH(Pilot’s Operating Handbook)の性能計算は、明示されていませんが、サイドスリップがゼロの状態で求められたものです。
となっています。かなり突っ込んで書かれていますね。
(ちなみに半分飛んでいる状態は、バンク2度であることは、その1で紹介しました。
この点も一致しています)
2つめの図に2~3°Bankとして示されています。
エルロンだけで直進飛行を試みたケース
ケース1
図中 RELATIVE WINDとは風が吹いてくる方向→進行方向は右斜め前の状態
(筆者追記)
適度にラダーを踏み、適度な右エルロンを当てているケース2
ZERO SIDESLIPとはスリップがゼロの状態(筆者追記)
ボールをセンターにしようとして更にラダーを踏み込んでエルロンは当てていないケース3(筆者追記:次に紹介します)
このように本場アメリカではしっかり解説がされており、おやっと思う記述は全く見つからないのですが、残念ながら日本においては異なるようです。
それほどボールとスリップの関係を理解するのは難しいのかもしれません。
原因の一つに、ボールがセンターから左右にずれている状態を「ボールが滑っている」と呼んでいる事が挙げられると思います。
さて、日本の訓練の場では、上記の理論を知った上で、ボールをセンターにするまでラダーを多く使うといった訓練がなされている場合があるようです。
この理由は、訓練生にとって操縦の目安としてわかりやすいからであると想像します。
つまり、バンクを維持して、ボールを半分飛んでいる状態を維持する事は、エルロンを常に傾けていなければならず、操縦技術的にやや困難であるからです。
それよりもボールをセンターにするまでラダーを踏み込んでバンクをゼロにすると、操縦桿が中立近くになり、いつもの感覚に近く(ベテランの方はそう思わない方も多いと思いますが)操縦が楽で、指導する教官の立場としても教えやすいのが理由だと思います。
但し、訓練生にこの理論と現実をしっかり伝えないと、誤った知識を元に(一番最後のケース3がベストであると思い込んだまま)卒業してしまい、エアラインのシュミュレーター訓練でうまく行かずに苦労するケースが多々あります。
この点はいつか紹介いたしましょう。
さて、いよいよ最後に上図の3つめのケース3を紹介しましょう。
ボールが右に飛んでいるので、「まだスリップをしている、もう少し右ラダーを踏む必要がある」と考えて操作した、もしくは性能低下を承知の上で操作が分かり易くなるようにという観点で右ラダーを踏み足した場合、次のような状態になります。
ラダーの舵面が大きく動いていることに着目 水平ですが、操縦してみると足が疲れるはずです
バンクがゼロでボールが飛んでいないという点では安心かもしれませんが、ヘディングは360度よりも右を向き、おそらくラダーは最大近くにまで必要になるでしょう。
つまりこれはFAAが言っているPoor Performance(あまりよろしくない性能)です。
双発機で重要なテクニックの一つに離陸中の臨界発動機への対処です。
離陸を継続した場合はBest Performance (最高の性能)になるように操縦する必要があります。
なぜならばこの時に性能が最も悪くなりやすいからです。
繰り返しになりますが、このデメリットを認識した上でボールセンターの状態を標準的な操作方法と考えるのも、あくまで訓練を円滑に進める上での一つの選択肢であると思います。
さて以下が核心部分です。
これまで単発機の直進及び旋回飛行も取り入れて時間をかけて解説をしてきた目的は、下の図を紹介する為でもありました。
図の
左側はボールセンター |●|
右側はボール右 | |● (実際は半分飛んでいます)
の状態です。
左エンジン停止 バンク0 |●| 性能△ 左エンジン停止 バンク右 | |● 性能○ |●| 性能○ | |● 性能△ |●| 性能○ | |● 性能△
つまり、
1 性能が○か△かはスリップをしているかしていないかで決まります。
2 ボールが |●| もしくは | |● かは、重力と遠心力(旋回中のみ)の合力がコクピットの床面に垂直にかかっているか否かできまります。
この性能の違いは大まかな数値で示すことが出来ますが、後に紹介しましょう。
以上がこの「ボールとスリップの意外な関係」の解説の大きな一つ目の山です。
次回からは簡単なベクトル図とできれば数式を示して臨界発動機不作動時の力の釣り合いを示したいと思います。
加えて、臨界発動機不作動時の旋回、更には臨界発動機不作動時のトラフィックパターン、最後に臨界発動機不作動時の上昇、ILSでの修正、着陸について言及します。
お話しがどんどん深くなって参りますが、どうぞおつきあいください。