ボールとスリップの意外な関係 その3 旋回中のボールと滑りの関係は?

さて、いよいよ旋回とボールの関係について考えてみましょう。
手始めに最も分かり易い解説としてX-Planeを駆使して旋回中の滑りを再現した動画を撮影しました。シミュレーターのパイロットはエアラインに就活中の学生です。
ご覧下さい。


では解説を始めましょう。
最初に左に標準旋回率を一定にして綺麗に旋回しているものとしましょう。
以下の旋回ではこれを常に維持することが前提になっています。
標準旋回率を一定に設定した理由は、バンクを一定としてしまいますと解説が困難になるからです。
イラストの中の多くはX-PlaneのFDRファイルを作成して、静止画から撮影したものと、上記の動画から撮影したものが混在しています。
(イラストの操縦桿は中立(エルロンがニュートラル)ですが、実際はバンクをキープするために当て舵などで左右にやや傾いていると思いますが、説明のためシンプルにしました。この点はご容赦ください)

ボールもセンター
動画の1シーン 上からの眺め ピンクは軌跡です 機軸と一致しているため滑りはゼロです

さて、完璧な旋回ですがここで意図的に左にラダーをある程度踏んで止めて、美しい旋回を壊してみましょう。(これはあくまで説明のためでありまして、実機で極端にコントロールをすると危険な状態になる可能性がありますので留意してください)

左にラダーを踏むと左バンクが増しますが、これに対抗するように右エルロンを操作します。
また降下を始めようとしますが、ピッチアップ操作を行い、ドラッグの増加に釣り合うスラストを増加させて釣り合い状態を維持したと仮定します。
標準旋回率を維持すると(地上から見て美しい旋回と同じ軌跡を描くように操縦すると)次の図のような姿勢になるでしょう。

動画の1シーン 軌跡に対して ヘディングが左を向いています

次に先ほどの美しい旋回から、右にラダーを踏んでみます。
バンクが減って旋回が緩みますので、左にエルロンを操舵します。
標準旋回率を維持すると次のような姿勢になるでしょう。


さて上記3つの状態を並べてみたのが下図です。
違いはおわかり頂けますか?


次に飛行機の上から見た図に、軌跡(オレンジ)と、機軸(グリーン)を書き込みました。

ここでやっと名前が出てくるのですが、左から外滑り(Skid)、滑り無し、内滑り(Slip)です。
外滑りとは、コクピットから見て旋回の外側にあたかも進んで行くように感じる為に名付けられたと思います。
内滑りは逆です。
筆者も時々名前の違いがわからなくなりますが、コクピットから見た機軸に対しての相対的な軌跡というように考えると覚え易いと思います。

なお、本場アメリカでは下記のようにとても分かり易く説明しております。
https://www.boldmethod.com/learn-to-fly/aerodynamics/slip-skid-stall/

さて、ここからが本題です。
旋回中の3つの姿勢と、その2で紹介した水平直進飛行の3つの姿勢を比較します。
旋回中は傾いているため、基本のバンク角20度だけ画面を傾けます。
このようにすると進行方向の真後ろから、両翼端が描く旋回の面を水平にした視点で眺めることが出来ます。
じっくり見ますと本日のその3で解説した姿勢とその2で解説した姿勢が全く同じ状態になることがおわかり頂けると思います。
更にボールと姿勢の関係も同じものになることがおわかり頂けますでしょうか?

このように考えますと旋回中のボールの指示も、理解しやすくなります。
つまり旋回中外滑りを起こしていて、ボール1つ飛んでいるときは、水平飛行でボール1つ分ラダーを踏んで、4°傾いて滑ってたまま飛行している状態に相当すると言えると思います。

ここまで書き進めてみて、旋回中のスリップとボールの関係を分かり易く説明するのにはかなり骨が折れます。
航空力学の本を何冊か読んでみても、説明に苦慮しているように見受けられます。
それだけ難しくて扱いにくいテーマであると思います。
また、ひょっとすると私も誤解をしている部分があるかもしれません。
さて、ボールとスリップの意外な関係その4では、ボールの種類について説明することにしましょう。
そして遂に多発機での臨界発動機停止の場合のボールについて言及します。



ここからは追記です。

2021年4月からVRを活用した教育素材を作り始めました。
VRとは?教育への活用は?
早速紹介します。

下記はSpatialというサイトに、Oculus Quest2を使って航空機力学の理解を促進するために作ったギャラリーの一部です。ここでは外滑り、内滑りのコーナーを紹介します。
ギャラリーに入ると下記のようなコーナーがあり、円の中心(赤い矢印の下)に移動して反時計回りに見回すと、Coordinate Turn,内滑り、Coordinate Turn,外滑りを行っている飛行機の3Dモデルを見ることが出来ます。
ちなみに円錐を切り抜いた薄い青の面は25°の傾きを持っています。

下記は内滑り

次は外滑りです

仮にこのイラストを従来の手法で作ろうと思うと大変です。
しかしながら最新の手法によって、軌跡と機軸の関係(細い円と飛行機の機軸)や、25°の面とWingの傾きの関係がこのように分かり易く表現することが出来ます。
飛行機のモデルは無料で入手可能で、飛行機はVR装置があれば任意の角度や位置にセットすることが出来るからです。
なお、薄い青の円錐面はこの説明のために自力で作成した3Dモデルです。


Coordinated Turnを行っている単発機のコクピットで水が入っているペットボトルを撮影しているYoutube動画がありました。
当然ながら水はコクピットの床面に対して水平です。
ボールもセンターであるはずです。

実はこのように簡単な現象がなかなか理解されていないようで、下記のようなキャプテンからのアドバイスを受けて誤解を深めてしまっている若葉マークパイロットもいるようです。

アドバイス「シートベルトサインを消灯するときには旋回中は避けるべきだ」
ちなみに筆者は上記のようには考えていませんが、これを受けて若葉マークパイロットは、「旋回中にシートベルトサインが消えてお客さんが立ち上がると体が傾いてしまうからこのように言っているに違いない」と誤解しがちです。

航空機力学で必ず教えられるこのテーマですが、どうやら現実の現象と結びつけることは難しそうですね。