V1とは離陸決心速度のことで、Wikipediaにも詳しく解説されています。
しかしながら、多くの場合説明は言葉足らずで、もの足りません。
私も副操縦士時代に説明を受け、完璧には理解出来ず、悶々としていました。
このセクションではV1について基礎知識がある方を対象に、誤解されやすい点を中心に、少し深掘りしてみます。
文中に明記した「前提」を良く理解されてから読み進んで下さい。
陥りやすい誤解 V1を越えてRTO(離陸中断)をしたら性能上滑走路上では止まれない。
一般的な解説文章ですが、実際の運航では殆どの場合は当てはまりません。
ケースAとBに分けて解説してみましょう。
ケースAはV1を越えてRTO(離陸中断)をしたら性能上滑走路上では止まれない例
ケースBはV1を越えてRTO(離陸中断)をしたら性能上滑走路上では止まれるかもしれない例です。
ケースA レアケース(あまり経験はしないケースです)
「前提条件:離陸重量がField Length Limitで制限される重量に一致しているとき:ギリギリの性能の時」はV1を越えてRTO(離陸中断)をしたら性能上滑走路上では止まれません。
この前提条件は、私自身の経験では国内線ではほとんどなく、国際線では少しあるといった程度です。
分かり易く書きますと、短い滑走路から制限ギリギリの重い重量で離陸するときや、普通の滑走路からエンジン推力を絞った離陸推力で制限ギリギリの普通の重量で離陸する時です。
例えば国内線で、夏、滑走路が短い滑走路などからお客様を沢山乗せて燃料満載で離陸する時等です。
プロの方ならば容易に理解出来ると思いますが、前提条件に書いた、離陸重量がField Length Limitで制限される重量とは、例えばV1以降に離陸中断をしたら性能上滑走路上では止まることが出来ない制限重量です。(離陸継続の時の話は省略します)
次はケースB 通常ケース (殆どのケースです)
「前提条件:離陸重量がField Length Limitで制限される重量より軽いとき」はV1を越えてRTO(離陸中断)をしても性能上滑走路上では止まれないとは限りません。(止まれる場合があります)
話を混同されないように明記いたしますが、このセクションでは「V1を守らなくてもいい」と考えているわけではありません。「最大離陸重量は滑走路長だけを勘案して決めらているわけではない」という事を伝えようとしております。
V1は絶対に遵守してください。私も5000回以上の離陸中に、V1以降にスラストレバーを触っていた経験は1回もありません。また、正しい知識を獲得することによって、V1直前での臨界発動機故障への対処が変わって来るのです。
本題に戻しますと、通常の離陸重量はField Length Limitで制限される重量より軽い場合がほとんどです。
つまり、ギリギリの重量(滑走路長に対してという点で)よりもかなり軽い重量で余裕を持って離陸している場合がほとんどなのです。
極端な例を示しましょう。
コロナなどの影響を受けてお客様が数名で離陸する時は、飛行機はものすごく軽くなります。その時に普通の離陸推力で離陸すると、とても短い距離で離陸できてしまいます。
V1は滑走路の真ん中より手前でやってきます。
一方、国際線でお客様が満席で、しかも燃料を満載してものすごく重い重量で離陸するが、果てしなく長い、例えば1万メートルの滑走路(関空は4千メートルです)から離陸するときも滑走路の長さに対してはたっぷり余裕を持って離陸できます。しかもV1を越えてRTOをしても1万メートル内に止まる事が出来る場合があると思います。
(プロの方へのお断り:この場合は話を簡単にするためにブレーキエナジーリミットV1BEの条件は除外しています)
少しややこしい話でしたが、おわかりでしょうか。
実運航を例にしますと、飛行前のディスパッチでは、今日の離陸がどれくらい余裕があるのかを正確に計算します。仮に余裕がほとんど無い場合、離陸は大変緊張します。
「もしV1前後で何か起こったらいつも訓練しているとおりに判断して、中断の場合は迅速に操作をしよう」というリマインドをしっかりと行います。
この例で、自分の実体験からお話しします。
成田ーグアムのB767でのフライトで、上記の条件A、つまり離陸重量がField Length Limitで制限される重量ギリギリで出発する事になりました。当時の成田の滑走路は短い16Lで、成田ーグアム線の飛行機はよほどの理由が無い限り長い16Rからの離陸は許可されない事になっていました。
飛行前のディスパッチでは16Lに吹く風が少しでも後ろから吹いていたら(北風)離陸はできないという計算結果でした。気象予報では正面からの風がしっかりと続く予想でした。
ちなみに、もし16Rをリクエストして離陸が許されるのであれば毎回リクエストしましたが、当時は出発機が16Rに集中しないように(分散させるために)16Lからの離陸しか許可されませんでした。
ゲートを離れて16Lの離陸地点に近づくと、不幸なことに風が北風(後ろからの風)に変わり始めました。後ろからの風の成分は僅か2~3ktでしたが、離陸は出来ません。
ディスパッチ段階では予想出来なかった事態です。
後ろからの風で離陸すると重量オーバーの離陸を試みたということで規定違反になります。といいますか、もしV1直前でエンジンが故障して離陸中断をした場合、滑走路をはみ出してオーバーランする可能性もあります。また、v1直後にエンジンが故障して離陸を継続した場合、滑走路端で35フィートの高度を確保できません。恐れるのは規定違反では無く、万が一エンジンが壊れた場合の重大なリスクでした。
そこで大きな決断を迫られました。
風が再び正面から吹くまで待機するか、安全上の理由を告げて16Rから離陸することにするのか。
前者はいつまで待てば良いのか確信が持てません、後者は16Lから16Rに移動するのに30分ほどかかるという大きなハンディを背負います。
結果は後者を選択しました。管制塔に状況を告げると快く16Rへの変更を許可していただくことになりました。(その後の16Rへの移動時間が長いこと長いこと)
一方、自分自身、潔い決断をしたことにすっきりしました。だれにでも悪魔の誘惑はあります。2~3ktだったら大丈夫だとか、通常の離陸をすれば双発機の場合はかなり余裕があるのだからなどと考えて離陸をしていたら、罪の意識に悩まされていたと思います。
もう一つの体験談を紹介しましょう。
確か高雄からの離陸の時のお話しです。
この時の離陸の重量はObstacle Limitで制限されていました。
これに制限されるときは、もしエンジンが故障して離陸を継続した場合、離陸経路上にある山や丘にかなり接近します。(接触はしない計算ですが、高度差はあまりありません)
この時も密かに緊張します。離陸中、祈るような気持ちでエンジンをモニターして、いつものように快調に作動してくれるエンジンに感謝しながら出発したことをよく覚えています。
最後にReduce Trustのお話しをしましょう。
離陸時には実はエンジンは常に最大推力ではありません。
先ほど述べたようなギリギリの時は最大推力ですが、多くの場合は滑走路長等に対して余裕がありますので、例えば20%減の80%の推力で離陸する時もあります。
在職中に、離陸推力を無段階に変更出来る離陸方式が取り入れられたので、羽田の16Lからの国内線の離陸で大幅に推力を減じて実施してみました。海に向かって離陸するため、それほどデメリットは無いと考えました。
実際の感想は、(性能上は全く問題ないのですが)エンジン推力が少ないため、いつもより加速が遅く、随分とまったりとしています。V1までの時間も長く、滑走路の中央を随分と過ぎた時点でやっとV1に達します。そのあとVrで引き起こしてV2になるのですが、まるでヨーロッパに行く国際線の飛行機のようにまったりと上昇してゆきました。
これはAssumed Temparature Method(ATM)という離陸方式でして、燃費や騒音やエンジンの寿命にメリットがあるものです。
国内線は性能に余裕があり、離陸の時にストレスを感じることはそれほど多き無いのですが、その時はV1の大切さをひしひしと感じたものです。
機長を目指す方への勉強ネタ
1 あなたは毎回のテイクオフブリーフィングでスレットについて言及していると思いますが、MaxTakeoffWeightに近い時のブリーフィングについて何か工夫していますか?それともいつも通りのブリーフィングで済ませますか?
2 この話では簡単にするためにV1でエンジンが故障すると記述していますが、本当は違いますね。あなたでしたらエンジンが故障するスピードV〇〇をどのように説明しますか?