「過去十年に一度の大雨」から地震、RNP0.3、果てには低層乱気流までの確率のお話し

あなたの住んでいる地方に関して「明日、10年に一度の大雨が〇〇地方に降る予想です」の予報がテレビで流れるとおやっと感じませんか?
そもそも温暖化で大雨の頻度が明らかに増えている今、明日降ったら、その後数十年は降らないの?
という素朴な疑問です。

未来までも予測するような予報なのか?という点がモヤモヤする点ではないでしょうか。
つまり明後降ってしまえば、それ以降10年に一度しか降るような激しい雨が降らないと言うことを言っているのか?

私の解釈では違うと思います。
冒頭に紹介した「明日10年に一度の大雨が降る」と言う予報はいささか舌足らずで、
「過去の記録を遡ると、明日予想される雨量は過去10年に一度しか降っていなかった、まれに見る大雨である」
という事を言いたいのだと思います。
温暖化が進む今、ひょっとすると2年後にまた同じ強度の雨が降るかもしれません。


さて、次は南海トラフ大地震の予報です。
2023年1月13日の発表では
政府の地震調査委員会は13日、静岡県から九州沖合にかけての南海トラフ沿いで、マグニチュード(M)8~9級の巨大地震が20年以内に起こる確率が「60%程度」に高まったと発表した。
となっています。
先ほどの雨の予報とは異なり、これは今後20年間の予報です。
一般的には、日時を特定して(何年何月何日)いつ起こるのか知りたいという希望が多いと思いますが、これは無理な話でしょう。
そのためある幅(上記の例では20年)の間で予測しています。
つまり、今日も、明日も20年以内に起こる確率が「60%程度」です。
明日、8~9級の巨大地震が起こる確率が「60%程度」では無い事はおわかりになると思いますが、なんだか釈然としないですね。

では例えば20年という期間を短縮して、〇〇級の巨大地震が1年以内に起こる確率は「△△%程度」であるとなぜ言ってくれないのでしょうか。
これは技術的な課題があるのでしょう。
そうなるとやはり□□年という幅が広い期間を指定することになると思います。

別の考えですが、仮に今後19年間巨大地震が起こらなかったらどうでしょうか?
冒頭で紹介した予測がそのままであったら「60%程度」のままでしょうか?
19年11ヶ月目に巨大地震が起こらなかったらどうでしょうか?

おそらくその間にまた予測がアップデートされて、例えば今から10年後に
静岡県から九州沖合にかけての南海トラフ沿いで、マグニチュード(M)8~9級の巨大地震が20年以内に起こる確率が「80%程度」に高まったと発表するかもしれません。

そもそも確率とは何なのか?
サイコロは何回も振って確かめることが出来ますが、冒頭の「20年」は何回も確かめる事が出来ません。「機長の意思決定」でお話ししたように確率には「見込み」や「信念」の考え方が含まれていると思います。


 次はRNP0.3の話題です。
パイロットであればいまやRNP〇〇という概念は一般的ですね。
これには95%という数字がつきものですが、確実な理解、大丈夫でしょうか?
恥ずかしながら私は5~6年前まではよくわかっていませんでした。
 最初におさらいですが、RNP0.3とは航法精度0.3nmが95%の確率で満足されます。0.3nmは中心線からの片側方向へのズレですから飛行機は95%の確率で中心から±0.3nmの範囲にいます。
 そこで私の誤解は以下の通りです。
航法精度0.3nmが95%の頻度(20回観測して19回)で満足されるのであったら、例えば20回観測して1回は航法精度が例えば10nmになってしまうのでは無いか?
そんな粗い航法精度でいいのだろうか?というイメージです。
また、もう一つ誤解をしていまして、95%の確率で0.3nmの航法精度を守れないようであったら、例えば20便に1便(5%の便)が常に0.3nmを超えてしまうのではないかというものでした。

 最初の誤解についてお話ししましょう。
 このイメージはサイコロの目ではありうるかもしれませんが、パイロットの常識で考え直すとおかしい事がわかります。
つまり飛行していて中心線からのズレが次のようになる事はあり得ないことはおわかりになると思います。
0.1 → 0.3 → 0.2 → 0.4 → 0.2 → 0.2 → 0 → 0.1 → 0.3 → 10
→の時間間隔は筆者にはわかりませんが、少なくとも1秒以内の高い頻度で航法精度を計算していると思いますので仮に1秒としますと、0.3 → 10 の部分はそれまで安定していた軌跡から1秒間でいきなり9.7nmも移動することになります。
(95%という値は正規分布の2σの範囲の確率です)

なお実際にRNP0.3の運航を行っている人から聞いたのですが、RNP-ARの精度はすばらしくて滑走路に会合したときは滑走路幅以上はズレていませんという事をおっしゃっていました。
最も広い滑走路幅は60mで約200feetですから、センターラインから±100feetはズレないということです。
100feetは0.016nmですから実際はものすごい精度で飛行できることがおわかりになると思います。

ではRNP0.3ではなく、RNP0.016といってしまえばいいのでは?と思うかもしれませんが、そうはいかないと思います。
というのはあくまで想像ですが、過酷な気象条件では、センターラインから100feet以上ズレる事があると思います。また故障が起こったときには0.3nmを超えて徐々にズレてゆくと思います。
つまりごく普通の条件ではRNP0.02くらいの精度がある(ANP0.02)のですが、全ての条件を含めてかなり控えめに評価するとRNP0.3ということなると思います。

次に2つ目の誤解です。
95%の確率で0.3nmの航法精度を守れないようであったら、例えば20便に1便が常に0.3nmを超えてしまうのではないかというものです。
これは当時所属していたエアラインから、確率とは時間をベースに計算したものであって、便数をベースに計算したものではないという情報発信がなされてようやく理解が出来ました。

このように確率を正確に理解するのにはたいへん骨が折れるものです。


最後に、条件付き確率のお話をしてみましょう。
統計学ではとても重要な概念ですが、あまり分かり易く解説がなされていないように感じます。
そこで、野球の大谷選手を例にとってごく簡単に説明してみます。

大谷選手は二刀流ですが、ピッチャーとして登板している二刀流の日の打率は全体の打率よりも良いそうです。
https://full-count.jp/2023/05/22/post1383250/

これはまさしく条件付き確率そのものです。
つまり、二刀流という条件に限定して打率(確率)を計算すると普段より大幅にアップしているのです。

次に航空機運航になぞらえて説明してみましょう。
最初の確率をある空港でDeviation CallをPMから受ける確率、条件をその時に報じられていたMETARの風が〇〇〇度から〇〇kt~△△ktであったとします。
そうしますと条件を様々に変化させたときに、確率が変動することがおわかり頂けると思います。
ちなみにDeviation Call:デビエーションコールとは、目標としている速度から-5ktを下回ったときや、10ktを上回った時にPM:パイロットモニタリング(操縦していない人)が「Airspeed」と発声する注意喚起のコールです。
運航に当たっては、条件付き確率などのややこしい概念を取り払って、経験則で「今日の風はこちらからで強いから速度のコントロールに気をつけよう」と考えていると思いますが、理論的に考えるとこのようになります。
自然に条件付き確率で運航中の危険な要素を考えているのがパイロットであると言えると思います。

そうしますと、低層乱気流に遭遇して「Wind shear warning」に遭遇する確率も条件付き確率で論じることが出来そうです。
1 〇〇航空の運航便で
2 △空港に着陸する時に
3 □方向からの風が空港で吹いていて
4 ×ktで
5 …

のように条件を絞ってゆくと遭遇する確率は高まると思います。

今回は確率について簡単に紹介してみました。