機長の意思決定(リスクアセスメント)を深掘りしてみよう   その3 オンライン会議に参加できない(ログインできない)原因を探ってみた 

今やオンライン会議は身近なものになっていますが、今回は会議にログイン出来なかった状況で、筆者がどのように原因を特定して対応を決断したかについて紹介しましょう。
ごく日常的な原因の特定方法ですが、実はベイズ流に行われていることがわかってきます。


ある日、Zoomによる重要なオンラン会議に出席するために、招待メールから該当部分をクリックしました。
しかし、Zoomのソフトは立ち上がったものの、オンラインミーティングにアクセス出来ません。
オンラインミーティングには慣れていない時期で、このような事態に陥ってかなり焦ってきます。会議の開始は5分後に迫ってきました。

最初に感じた事は、これは間違いなく自分の落ち度でこうなったのだろうということです。
この時の仮説として超濃厚だったは「自分のミスが原因によってこの事態を招いた」というものです。
そこで最初に行ったアクションは、クリックしたメールがそもそも出席したい会議であるか否か確かめるという事でした。
確かめたところ、間違いありません。

次に慣れないZoomのアプリ操作に誤りがないかという事でした。
確かめたところ、間違いありません。

ここまで考えられる原因特定を色々やってみて途方にくれると同時に、何かおかしいと考えるようになりました。
第二の仮説、「私のミスが原因ではなく、それ以外の原因がこの事態を招いているのではないか」といいうものが頭を支配し始めました。

重要な会議の開始時刻は過ぎてしまい、かなり焦ります。
すぐに会議に出席予定の方にメールをしてみました。
チャットとは異なり、返事はありません。
ひょっとしたら私と同じように原因究明に追われて忙しいかもしれません。

そこでその方に電話をかけました。
するとその方もZoomに繋がらないそうです。
ここで急に第二の仮説の信憑性が高まります。
ただし、その方も慣れていないため私と同じようなミスを犯している可能性が有ります。
第一の仮説も捨てきれません。
引き続き自分のミスを確認します。

ここで、最後にメールを改めてチェックすると会議のホストから下記のような内容のメールが届いていました。「システム不具合により(Zoom自体ではありません)会議に出席できない現象が発生しています」
これで原因がはっきりしました。
第二の仮説が正しかったのです。
自分のミスでは無くてホッとしましたが、この時初めて日常生活ではベイズ更新が普通に行われている事がわかったのです。

最初の仮説は「自分のミスが原因によってこの事態を招いた」でしたが、ある時第二の仮説「私のミスが原因ではなく、それ以外の原因がこの事態を招いているのではないか」が浮かび上がり、最後には優勢になりました。
なお、二つの仮説の関係は第一の仮説が仮に誤りだった場合は第二の仮説が正しいという関係にあります。


ここで、対応を整理してみましょう。
特徴的な点は
何度も新しい情報を取得しながら原因を推定しています。
原因として2つの仮説を立てて、比較しています。
という二点が目につきます。

そこで一つのグラフを示しながら私の心の中を読み解いてみましょう。

最初に示した棒グラフは、最初にZoomに繋がらなかった時の心理状態を示すものです。

クリックしてもZoomに繋がらない

次に、メールを再度読み直し、アプリの操作も見直した時点での心理状態です。↓

Zoomに繋がらない、クリックしたリンク先も正しい、アプリ操作も正しい

出席予定の一人は繋がっていないことが判明。

Zoomに繋がらない、クリックしたリンク先も正しい、アプリ操作も正しい、他の人も繋がらない。

システム不具合(Zoom自体ではありません)による不具合を告げるメールが来た!

Zoomに繋がらない、クリックしたリンク先も正しい、アプリ操作も正しい、他の人も繋がらない
システム不具合の連絡が届いた。

いかがでしょうか。
 心境(信念)を時系列に沿ってグラフ化してみるとこのようになりました。
このように信念は固定されることも無く、次々と変化する、つまり新しい情報:データ(他の人も繋がらない等)を次々に入手して更新する事を、ベイズ統計学では、ベイズ更新と呼びます。
 これは決して難しいものではなく、日常ではよく行われているものでしょう。
(グラフの縦軸は心境(信念)の度合いで示しましたが、これを確率と考えてもすんなり受け入れられると思います)
但し、人によってはこの更新を怠る人もいるかもしれません。
最初の情報で信念を固定して、頑固として譲らないというスタイルの方もいると思いますが、これを読んでいる方はパイロットに興味を持っている方。このスタイルはパイロットには受け入れられないことは理解して頂けると思います。
CRM(Crew Resource Management)では「Review」と「Modify」は大変重要な行動様式ですね。
これらの2つはベイズ更新に相当すると筆者は考えます。

 さて、ここで次の事を考えてみましょう。
今回のトラブルは一件落着でしたが、もし次に同じ事(Zoomに繋がらないという現象に遭遇した)が起きたらどういう対応をとると思いますか?
おそらく、少し油断して次のように考えることでしょう。

別の日にクリックしてもZoomに繋がらなかった

 これは苦い経験によって信念のスタートラインが変化したとも言えますが、ベイズ流では「事前確率が更新された」と言えます。
そもそも初めて繋がらなかった時点では、Zoomに慣れていない(経験が少ない)為におっかなびっくり、つまり自分に落ち度があるという信念に支配されていました。
しかし、経験が増した時点では、最初からある程度システムに疑いをかけています。
「オンライン会議にはシステムトラブルがつきものだ」という一般的な信念が変化したのです。
別の表現をしますと、経験によってバイアスが変化したと言えます。

 この変化の度合いは人それぞれでしょう。
人によっては過剰反応して、前回はこうだったから今回も必ずこのようになるはずだと考える人や、前回はこうだったけど、今回も自分がいつも考えているように物事は進むはずだと考える人もいると思います。
ただ一つ言えることは、経験が増えれば増えるほど、この事前確率は収束してくると考えます。
これは「機長は(経験豊かなパイロットは)意思決定をする際に、大きく外さない」という一般則に通じると筆者は考えます。


ここでパイロット対象に、勉強ネタを提示しましょう。

「私に落ち度がある」「私に落ち度が無い」の2つを例えば
「ダイバートする」 「ダイバートしない」の2つに置き換えた上でベイス更新、つまり情報を得て信念を更新するプロセスを想像してみてください。
なお、信念が揺らいでも一向に構いません。
重要なのはそのプロセスなのですが、情報とはこの場合は何でしょうか?